2025年を振り返って〜健康という「土台」を整えた一年〜
2025年は私にとって、どんな年だったか。一言で振り返るなら「入院を繰り返した一年」でした。
虫垂炎で二回、網膜剥離で一回。計三度の入院を経験しました。
幸いなことに、命に関わる重病や、長期にわたる闘病が必要なものではありませんでしたが、「普通であること」がいかに貴重で、どれほど大切であるかを痛感した一年となりました。
始まりは1月下旬のことでした。
朝起きると、胃がもたれるような違和感がありました。「一晩寝れば治るだろう」という甘い考えで夜を迎えましたが、痛みは悪化する一方。満足に眠ることもできず、尋常ではない事態を思い知らされました。
病院での診断は、炎症が広範囲に及んでいる虫垂炎。すぐの手術は難しく、まずは抗生剤で炎症を抑えることになり、10日間の入院生活が始まりました。
絶食が続く中、人間は生理食塩水の点滴だけで意外と生きられるものだと驚いたものです。63キロあった体重は59キロまで落ち、退院後もしばらく戻ることはありませんでした。
その後、再発のリスクを断つために切除手術を決意。検査を重ね、8月に腹腔鏡手術を受けました。9月末にようやく通院を卒業し、8ヶ月以上にわたる「虫垂炎との戦い」に終止符を打った――と思ったのも束の間、10月に入り今度は左目に異変を感じました。
視界の端に、ぼんやりとした小さな影。
嫌な予感がして眼科へ行くと、網膜剥離との診断。即座に横浜市大病院を紹介されました。
手術までの間、金属製の眼帯(当て金)をつけたまま、食事とトイレ以外は仰向けで寝て過ごす一週間。これは肉体的にも精神的にも、非常に苦しい時間でした。
手術は局所麻酔で行われました。意識がある中での手術は独特の恐怖がありましたが、無事に終了。しかし、本当の戦いは術後にありました。
網膜を癒着させるガスの浮力を利用するため、寝る時も歩く時も、常に「うつむき」の姿勢を保たなければなりません。首も肩もバリバリに固まりましたが、「二度と同じ思いはしたくない」という一心で耐え抜きました。
術後二週間が経ち、ようやく普通の生活に戻れた時の喜びは忘れられません。
三度の入院を通じて学んだのは、病院の出口を一歩出た瞬間の、あの圧倒的な解放感。そして、何気ない日常に戻れることの嬉しさです。
健康が、すべての活動の「基本」であることを痛感しました。
実はおまけもありました。安静期間が長かった一方で食事は普通に摂っていたため、体重が増え、血糖値も上がってしまったのです。
2025年、私は「体」という人生の土台を必死に整えました。
来年こそは、この整った土台の上で、より「ごきげん」な時間を積み重ねていきたい。そう願いながら、今年の除夜の鐘を聞こうと思います。
2025年12月31日